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ワタシタチノミドリ

今、仙台市にある貝ヶ森の緑が失われようとしています。 この場所を少しでも多くの人に伝えることを通して、 開発によって緑が脅かされていること、 そして仙台市の緑地保全を呼びかけていきたいと思います。

全国的に厳しい残暑が続きます。仙台でも連日日中30℃を越す暑さです。
8月も終わると言うのに、この暑さは信じられません。

この小さな木は、何でしょう?
この夏、知人からいただいた石垣島のマンゴーの種を鉢に植えてみました。
見事芽が出て、葉が出てきました。長春へ行っている間に、さすがの暑さで
葉が黒くなって枯れたのかと思っていました。
水やりを続けている間に緑色を取り戻しましたが、何となくだらりとして
元気が無さそうに見えます。
植えてから、1ヶ月も経たずに発芽したのでビックリしました。
  
 
こちらは、ここ数年マイブームのアボガドです。大きな種を鉢に入れて
発芽をさせているのですが、なかなか冬を越せません。これは、昨年発芽し
玄関で冬を越した耐寒性?のあるアボガドです。アボガドは、マンゴーのように
短期間では発芽しません。忘れた頃に芽が出ます。今までは、夏の気温が
30℃を越す事が、ほとんど無かったからかも知れません。
IMG_6665_convert_20100831103435.jpg   
どちらも実がなるとは思えませんが、東北地方でも元気に育つとは
やはり仙台も熱帯化してしまったのでしょうか?
この冬は寒さが厳しくなるとの予報(予想?)も出ています。
無事にこの木々は冬を越せるでしょうか?

まぁ、予報は予報ですからね。この夏も最初は冷夏のはずでした。



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2010.08.31 11:05 | 鳥・動物・植物 | トラックバック(0) | コメント(-) |
今月始め知人の案内で、大崎市にある仙台藩の学問所であった旧有備館へ
行ってきました。旧有備館には子供たちが小さい頃、何度か訪ねましたが
久々の訪問です。
今回は、その旧有備館の庭園を造る折に、町内の数軒の武家屋敷の庭で
試作したとされる中の一軒を訪ねました。
その近くには、現在は途絶えてしまったそうですが、上野目焼の窯元が
あったそうで、その跡地も訪ねました。
  

こちらが旧有備館の庭園の試作のために造られた庭の一部です。
竹林の根元あたりに山からの清水が流れて池に注ぐようになっています。
IMG_6574_convert_20100815183149.jpg  
池の近くに絡み合いながら大きくそびえ立つ木々に歴史を感じました。 
IMG_6578_convert_20100815183347.jpg  
旧有備館の建物自体のモデルともなったお宅なそうですが、実際にお住まいの
個人宅となっています。一度焼失しているので、残っていれば400年余の建物に
なったようですが、立て替えられたこちらのお宅でも200年余経っています。
現在は茅葺き屋根の修復は難しく、茅葺き屋根の上を覆うように屋根を新しく
したそうです。
IMG_6572_convert_20100815183040.jpg 
歴史的に貴重な建物を個人で維持管理する事の負担は大変だと思います。 
IMG_6575_convert_20100816105506.jpg   


後世に残すべきものが、私たちの周りには何とたくさんあるのでしょう。
上野目焼は、相馬焼の流れをくみ、しかも鳴子の土を使って焼いていたそうです。
自動車も無い時代に鳴子で焼かずに、わざわざ岩出山まで土を運んで焼いたのは
何か理由があったのでしょうね。解明されない歴史の不思議の一端に触れました。



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2010.08.28 20:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(-) |
昨日一昨日と雨が降り、庭も人間も一息ついた感があります。
この暑い最中、森が転売されたらしいという話が耳に入りました。
春先から業者らしき人の動きがありましたから、噂以上のもの?
かもしれません。
7月の仙台でのゲリラ豪雨のことなど思い出しますとこれだけの木々を
伐採するのは無謀に思えます。そして、この猛暑の夏を経験すると
緑を無くす事への不安を感じます。

とは言え、業者から開発計画が提示され、説明会を開くと言うことでも
今のところ無さそうです。
お金のないという仙台市に購入をお願いしても無駄でしょうね。
でも、開発を許可する権限を持つ仙台市の考え方次第で
異なる展開もありえます。
緑を守る事と開発を促進する事とどちらが今後の仙台市にとって大切な事か
もう一度考えてくだされば幸いです。

その仙台市の百年の杜推進課が開いたピクニックカフェに参加した時に
いただいた朝顔がたくさん咲き出しました。一緒に写っているゴーヤは、
私が買って種から育てたものです。すでに5本ほど収穫しました。
 
こんなきれいなブルーと紫の朝顔も咲いています。
写真だと色合いが区別つかないので1枚だけにしました。
IMG_6655_convert_20100827103942.jpg 
なかなか咲き出さなかったカーディナル クライマーという真っ赤な花が
数日前から咲き始めました。
IMG_6662_convert_20100827104050.jpg  
こんなに暑くなるならば、もっとカーテンのようになるようにきちんと種を
播けば良かったと後悔しています。来年は、もう少し工夫をしたいと思います。  

この暑さでもどんどん大きくなったのはカラーピーマンです。
これは、2個目の収穫ですが、肉厚で美味しいですよ。
トマトは、全体が真っ赤になる前に実割れがしてしまいます。
今さらながら、天候と闘いながら作物を育てる農家の方々のご苦労に
感謝感謝です。
叔母は常々、『バカに百姓はできない。』と言っていますが本当です。
IMG_6661_convert_20100827104013.jpg   


今日の仙台も気温が上がっています。ただ、朝晩涼しい風が吹いてくれるので
助かります。

まだまだ熱中症に要注意!



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2010.08.27 13:15 | 森の近況 | トラックバック(0) | コメント(-) |
昨日は、仙台の涼しさに感動しました。

写真は、水曜日の夕方5時過ぎに大阪空港に到着後、バスを待ちながら
外の景色を撮りました。機内アナウンスによると大阪空港の気温は
37℃ということでした。夕方の5時過ぎで気温が37℃!!!
少し大げさに言うと、外気に触れた途端頭がボーッとして気を失いそうでした。
空港ビルの日陰にいて、風も通っていたのにもかかわらず、恐怖の体験です。
  

エアコン無しでは眠れない状況でした。
そして、翌日も朝から気温がぐんぐん上がりました。

仙台の今日の暑さなんて可愛いものです。
仙台は、なんて住みやすいところでしょう!

今朝の朝日新聞の社説は、緑と水の町へかじを切れというものでした。
仙台市も頑張っていますよ。たびたび取り上げた「杜の都の環境をつくる審議会」
の専門部会を傍聴すると、緑を守ろうと知恵を絞っています。
緑が残る事が担保されない民有地をどう守るか、財政難から買い上げが無理なら
知恵を出せ!と審議委員から毎回指摘されています。
一般市民からも知恵を出してもらうべく、5月にはピクニックカフェという
ワークショップを開きました。
7月からは、続編として緑のまちづくりワークショップを開催しています。
緑のまちづくりワークショップでは、各テーマに分かれて活発な意見交換が
行われたようです。参加された方から伺ったのですが、市役所の方々は
耳の痛いような話も一生懸命聞いてくださったそうです。

第2回目は昨日行われたはずです。どんな意見交換がされたのでしょうか。



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2010.08.22 17:05 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(-) |
長春へと題するブログの最初で奥山仙台市長の長春訪問のことに触れました。
帰国後市長が行った記者会見の質疑応答について仙台市のホームページに
掲載されています。
その中で

<長春にはどのような観光資源があって、毎年どれくらいの人が
仙台から観光に行っているのか
>

という記者の質問があり、それに対する市長の答えは
<歴史的建造物の他に長春の郊外に東洋一とおっしゃっていましたが、
人造湖のダムを中心とした森林自然公園があり、今回は大雨のため
行けませんでしたが、大変風光明媚なところなのでぜひ多くの人に
来てほしいというお話でした。
> というものでした。

たまたまですが、その森林自然公園(浄月潭森林公園)へ行ってきました。
入口で入場料を払うと車のまま中に入れます。本来は一周出来るのですが
大雨の影響で、1カ所道路が冠水しているため最後のわずかですが
迂回させられました。

しばらくして憩う人々がたくさん見えて来ました。ボートと蓮の花に誘われ
降りてみました。もっと大きな湖かと思ったら・・・・
でもこれは、湖のほんの一部でした。

   
  
さらに進むと大きな湖が見えて来ました。山の上に見える塔は時計台でした。
IMG_6469_convert_20100812202956.jpg  
私たちを案内してくれたのは、この夏から高校3年生になった青年と
そのお母さんです。中国の高校3年生は、夏休みが短く8月から新学期が
始まるのだそうです。他の学生は9月から始まります。
大学では英語を勉強したいと言うその青年は、滑らかな英語で説明を
してくれました。英語と漢字の筆談を駆使し楽しい会話でした。
彼の説明では、湖はもともとあったものですが、周辺の森は植林を
したのだそうです。長春の街の開発を進める時にたくさんの木を伐ったので
その代わりに植樹を続けて出来た森だと言うのです。そして、それはアジアで
一番大きな人工的な森林公園なのだと言っていました。
開発も大事だけれど、環境を守ることも大切だと話す青年がいることに
ちょっと安心したのです。

この公園をつくる時に、東北地方にだけ住む虎は捕らえられ
吉林省東北虎園というサファリパークのような施設に集められました。
金網越しにも見る事が出来ますし、バスに乗って金網の中でも
見る事が出来ました。
IMG_6475_convert_20100812203046.jpg  
虎とは金網で区切られて、熊の区域もありました。
虎とは異なり、熊はエサ欲しさにバスに近づいてきます。
IMG_6482_convert_20100812203135.jpg  
   
その他に森林浴と看板の出ている区域もあり、車を降りて林の中へ入って行くと
たくさんの木に巣箱が掛けられていました。でも穴の開け方に問題があるのでは?
と思いました。見かけは可愛いですが、これでは小鳥は安心して利用出来ませんね。
残念ながら、鳥の鳴き声は遠くでかすかに聞こえるのみでした。
IMG_6472_convert_20100816090336.jpg

小さいですがスキー場があったり、湖の周りを走る人の姿も数多く見られました。
元々は人工林とは言え、これ以上人工的な施設は造らず、自然を楽しめる場所として
残して欲しいと思いました。


6年前に初めて訪れた中国は、万博に向けた工事が始まった上海でした。
高層ビルがどんどん建っていく中で、全くかけ離れたように暮らす人々の
古い家並み。一方もっともっと古い歴史を思い出させる建築物。
上海の有名観光地となっている外灘(ワイタン)を訪ねた時は、
列強の支配の手が伸びて来た証しである建物群なのですが、
素敵ねぇ!と感じてしまった自分の鈍感さを思い出します。

今回の長春訪問で見た数多くの建築物は、過去における日本の支配の痕を
感じさせるものでした。終戦記念日の前後には、メディアで多くの特集が
組まれます。日本の近代史ときちんと向き合って来なかった学校教育が
いつも問題にされますが、その時だけで終わってしまいます。
まずは、満州国で暮らした義父に、写真を見せながら話を聞いて来ます。
私の伯母も満州で暮らしていたのですが、触れてはいけない事のように
思っていました。今度田舎へ行ったら、どんな暮らしだったのか尋ねてみます。

今回出会った高校生は、その話し振りから日本への憧れを持っていました。
車や電化製品について詳しくて、その性能・品質の良さを話していました。
彼の期待を裏切らない日本であってほしいと願います。
そして、若い世代に大いに期待したいとも思ってきました。




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2010.08.16 10:24 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(-) |
今回は、また満州国時代の建物をご紹介します。

こちらは、神武殿と呼ばれた武道館址です。
現在は、吉林大学の講堂として使われているとガイドブックには
書かれていましたが、荒れ果てた様子で人影も無く、使われていないのでは
と思いました。(使用中だったらごめんなさい!)
 
この神武殿の前には大きな公園が広がり、その一角ではご老人たちが
楽しげに二胡などの楽器を演奏していました。
IMG_6328_convert_20100812202348.jpg  
 
こちらは、満州国国務総理大臣 張景恵の旧宅です。
IMG_6331_convert_20100812202440.jpg  
似たようなこちらの建物は、関東軍司令官邸だったそうです。
IMG_6454_convert_20100812202537.jpg  

こちらの大きな柱のある建物は、満州国中央銀行です。
現在は人民銀行として使用されていました。日曜日なのに中にも入れました。
古い洋画に出て来るような素敵な雰囲気でしたが、内部は撮影禁止で
残念でした。
IMG_6455_convert_20100810183543.jpg  

先日ご紹介した満州国軍事部で現在は病院になっている建物ですが
この角度(文化広場側から見ると)左側にタワーが写っています。
私にとっては、何だかとても残念な景観なのですが仕方ありません。
このタワーは東京タワー同様のテレビタワーなそうです。長春で一番のっぽの
建物で、展望レストランもあるそうですが工事中で登れないとのことでした。
街の全体像が見られなかったので、これも少し残念でした。
IMG_6507_convert_20100812201853.jpg   



お盆の帰省で、県外ナンバーの車が多く見られます。
普段は、子供の声も珍しくなった高齢町内会ですが、赤ちゃんの泣き声や
子供の声に引っ越し当時へタイムスリップしそうです。

私も今週は、お盆は過ぎますが伊丹へ出かけます。
まだまだ、暑いのだろうなぁ関西は。



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2010.08.14 16:23 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(-) |
新旧の街が混じり合いつつ拡大を続ける長春の街です。
これは、滞在先のホテルから撮ったものですが、中央の緑豊かな部分は
右手へ続き、新民大街に沿って満州国時代の建物が建ち並びます。
奥に見える高層ビル群が、人口350万人という長春の発展振りを物語ります。
 

長春空港へは、予定時刻よりも遅れて到着。さらに荷物が出て来るのに
随分と時間が掛かりました。
出迎えの方をずいぶんとお待たせしましたが、車で中心部へ向かう途中
沈みゆく夕日が、とてもきれいでした。
IMG_6239_convert_20100812175631.jpg 
空港近くに広がる大地は、とうもろこし畑と聞いていましたが
昼間見えていたのは、延々と続く畑です。ほとんどが食用ではなく
バイオ燃料とかに使われるものなそうです。
IMG_6551_convert_20100812184631.jpg 

畑の続く大地を過ぎ、街が近くなると一気に景色は変わります。
巨大とも言えるマンション群。
IMG_6538_convert_20100812184730.jpg 
それに続けとばかりに立つ工事中の建物群。
IMG_6535_convert_20100812184816.jpg 
自動車産業も発展する長春の工業団地か卸売り団地かと思う地帯を抜けて
市中心部へと入って行きます。


満州国時代には無かったテレビ局は、さすがに新しいビルが
建っていました。
IMG_6285_convert_20100812201638.jpg
  
今回は、満州国時代とは全く異なる顔を見せる長春のようすを
お知らせしました。

台風の前後から、朝晩はぐ~んと涼しくなった仙台です。
日中の暑さには閉口しますが。


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2010.08.13 18:17 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(-) |
満州国時代に建てられた古い建物と同時に、当時では革新的だった
都市計画に基づく街路が現在でも残っています。その道幅は広く、
歩道も充分にあり、街路樹に松の木が多く見られたのが印象的でした。
道路が広すぎて、炎天下歩いて横断するのが交通ルール・マナーの問題と
相まって命がけの様相でした。道路って広くするだけが能ではありませんね。

残されている建物は、ガイドブックにも書いてあったのですが
吉林大学の校舎になっているものが多くありました。
今回は、病院と医学部関係の施設になっているものをアップします。

まずは、満州国軍の軍事部址は病院になっていました。
昨日アップした関東軍司令部同様お城の屋根が載っているような造りです。
さぞ威圧感があったことでしょう。
IMG_6319_convert_20100811112639.jpg

こちらは、最高検察庁であった総合法衙です。人民解放軍の病院で軍人さんは
無料と聞きました。


こちらは、経済部址で現在は吉林大学の病院です。
IMG_6275_convert_20100810183229.jpg
こちらも一風変わった建物ですが司法部址で、医学部関連の施設に
使用されているようです。
IMG_6273_convert_20100810183143.jpg
こちらは、交通部址で医学部関連の施設です。再生医学科学研究所などの看板が
出ていました。
IMG_6287_convert_20100810183308.jpg

パルテノン神殿の柱かと思う立派な柱に驚きました。日本でも昭和初期に
建てられたものに多く見られるようですね。階段の右手に見える大きな松は、
溥儀お手植えの松です。近寄って写真を撮ろうとすると、守衛さんが
素早く自転車を片付けてくれました。
この建物は、国務院と呼ばれ満州国の最高行政機関でした。
IMG_6296_convert_20100810183353.jpg 
正面に回って眺めると、日本の国会議事堂をベースにしたデザインというのが
うなずけます。
この建物の真向かいに1枚目の写真の軍事部があります。
IMG_6310_1_convert_20100811141006.jpg


これらの建物は、1階は自由に出入り出来ました。中に入ると天井も高く
ひんやりとして涼しかったです。大理石の床や階段に装飾が施され、私にとっては
古き良き時代を感じさせてくれました。決してきちんと手入れがされているとは
言い難いのですが、現在に至るまで使ってくれていることに感謝と丈夫に造った
日本の技術を誇らしくも思いました。
それぞれの建物では手狭になって来ているようですが、取り壊すのではなく
そのそばに新しいビルの建設を始めているものもありました。高さを制限し
建てていると聞きました。様式は全く違うもので、釣り合いが取れているとは
思えませんでしたが、ただただ高いビルを建てようとしない気遣いを嬉しく
思いました。




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2010.08.11 15:45 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(-) |
7月から8月にかけて長春を訪ねる機会を得ました。
仙台市のホームページを見ると、奥山市長の長春訪問と
ちょうど入れ違いになったようです。という事は、29日に長春から
遅れて到着した飛行機には市長が乗っていたのですね。
長春-仙台は中国南方航空の直行便が月・木のみ運行しています。
驚くなかれ、遅れがなければたった2時間のフライトです。

仙台市と長春市は国際友好都市提携30周年を迎えています。
以前から、長春と大きく書かれた市営バスの車体を見かけ
友好関係にある事は知っていましたが、30年も経つとは
知りませんでした。姉妹都市と友好都市ってどのように違うのでしょうか?
機会があれば調べてみます。
今回は30周年とは、全く別個の旅でした。

長春市中心部から見ると東南の新しく開発が進んでいると思われる地域に
何と『仙台大街』と名付けられた大通りが長く続いていました。
仙台でも長春通りをつくってあげないと悪いなぁと不思議な気分になりました。

さらには、通りが終わった辺りには『仙台大街駅』までありました。
これだけでも、長春への認識の低さに恥じ入るばかりでした。
奥山市長は、記念植樹をして来たらしいですよ。
IMG_6498_convert_20100810183619.jpg  

長春と言えば、過去においては日本が傀儡国家満州国を建国した時の
首都新京です。深い歴史認識も無く、終戦記念日の近いこの時期に
訪れるのはどうなのかなと一抹の不安を抱きつつ出かけました。

こちらは、現在は偽満皇宮博物院となっている満州国皇帝 愛親覚羅溥儀が
新宮殿が完成するまでの仮宮殿として住んでいたところです。
この建物は、日本人の設計によるものですが、溥儀は盗聴器が仕掛けられている
として、利用しなかったという話です。故宮に見られるような黄色い瓦を使い
中国風の屋根につくられています。
IMG_6405_convert_20100810183841.jpg
こちらは勤民楼と呼ばれ、公式謁見に使われたそうです。
IMG_6400_convert_20100810183807.jpg  
なかなか調度品も立派なものばかりと思って、私は見ていたのですが、
ご一緒した方がヨーロッパの宮殿をたくさん見ておられ、バッキンガム宮殿や
ベルサイユ宮殿に比べれば貧弱だと仰っていました。
それは、きっとそうなのでしょう。
以前は、公開している建物やお部屋も少なかったようですが、いろいろと整えられ
現在は、丹念に見ると一日がかりになるほどたくさんありました。

満州国の存在を認めたくない現れでしょうが、偽満州国と表記されていました。
この地において日本がしたことを知らしめるために・・・・と言うような表現で
語られているのを読むと大変複雑な心境になりました。そのことを踏まえて
未来への展望のようなものが無く、少しさびしく感じたのでした。

でも、長春を案内してくれた現地の知人は、みな優しく親切で中国人式の
おもてなしの心を存分に示してくれました。
国と国の関係修復は難しい問題があるのでしょうが、人と人のつながりは
会って話すことで容易に改善されるように思います。
もちろん、日本に留学していた方の存在無しには成り立ちませんでしたが。


この大きな建物は、溥儀が移り住む事になっていた新宮殿です。
とは言っても、地下の工事が終わったところで終戦となり、地上部分は
中国政府が引継いで建設したのだそうです。溥儀は移り住んでおりません。
日本政府が建設しても、このような建物になったのでしょうか?

現在は地質宮と呼ばれ、吉林大学の校舎となっています。
その前の文化広場は、北京の天安門広場に次ぐ広さと聞きました。
IMG_6317_convert_20100810183428.jpg    


そして、この洋風の建物に天守閣が載ったような建物は、
関東軍司令部だったところです。満州国の時代義父は、この地で勉学に
励んでいたことがあります。今回、写真に収めて欲しい場所ということで
指定されたのがこの建物でした。
現在は、中国共産党吉林省委員会が使用しており、建物内部には
関係者以外は立ち入り禁止とのことでしたが、敷地内には入れるよ
というので行ってみました。
IMG_6438_convert_20100810183508.jpg  

和洋中折衷の建物が随所に残り、今もなお使われています。
憎き関東軍・日本が造った建物を焼き払うことなく残して、
且つ使っていることに感謝と疑問が沸き上がりました。

他の建物もボチボチとアップしていきます。
それにしても暑いですね。




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2010.08.10 23:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(-) |
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