ワタシタチノミドリ

今、仙台市にある貝ヶ森の緑が失われようとしています。 この場所を少しでも多くの人に伝えることを通して、 開発によって緑が脅かされていること、 そして仙台市の緑地保全を呼びかけていきたいと思います。



20070228100735.jpg
クリックすると写真は拡大します。

古くからお住まいの方から、昔の緑地の写真をお借りしました。
この写真は昭和58年辺りに撮影されたものだそうです。
当時はこの擁壁の上を散歩されていた方もいるようです。
杉の木がまだ植えられたばかりで、未熟なのがわかります。
他の場所でも、以前は小さかった木がだんだんと生長し
今のようなうっそうとした森になったのだと懐かしそうに
教えて下さる方がたくさんいらっしゃいます。
この森と共に成長してきた団地だと言うことがわかりますね。


参考までに現在はこのような状態です。
34.jpg


20数年の間に木が生長し、森が豊かになっているのがわかります。
現在はここの緑地には簡単には入れそうもありませんね。


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2007.03.02 10:21 | 緑地と周辺の説明 | トラックバック(-) | コメント(-) |
今日も業者が来ることなく、静かに一日が過ぎていきました。


初めて作業の業者が来たのが先週の火曜日になります。
その時は、中に入りやすい擁壁が低くなっている場所に
業者と私たちが一日中、睨み合っていました。
ちょうどこの写真の場所です。多少分かりづらいかもしれませんが…
擁壁の端であり、容易に中に入れるようになっています。



比較のためにこれが一番高いと思われる擁壁の写真です。
26.jpg



この場所に長時間いて気がついたことがありました。

それはJRの騒音です。

この場所は、擁壁が一番低くなっている場所です。
そのために電車が通るたびに他の場所よりも大きく聞こえました。
そこに集まった多くの住民の方がこのことに気がついていたと思います。
そうなると、この擁壁がなくなり、山が崩されてしまったら
この騒音はさらに大きく私たちの場所に届くようになるのは明らかです。
私たち住民は心配しています。


このような事態が起こった時に誰が補償してくれるのでしょうか。
騒音を出しているJRでしょうか。
それとも、造成を行った福田道路でしょうか。
または崩すことを許可した仙台市なのでしょうか。

擁壁が崩され、山が造成され、問題が起きてから考えるのでは
手遅れであり、必要以上の費用を要するでしょう。
このような造成によって起き得る間接的な問題も
考慮されていると信じたいです。

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計画平面図には等高線が複雑に入り組んでいると書きましたが、
図面からは読み取りにくいと思うので、写真で補足説明します。

土地利用計画図

※都合により計画図は削除いたしました

図面の下(南東側)に引いた青い線がJR仙山線になります。
計画地のすぐ脇を走っているのがわかります。
赤で×をつけている場所付近から写真の撮影を行いました。

1 国見一丁目から
IMGP4353.jpg
撮影したのは高くなっている対岸からで、左に見える対象地が同じ目線に見えます。
この杉林の奥に貝ヶ森団地があります。
またJR仙山線が下に確認できます。

2 千代田町から
IMGP4338.jpg
こちら側は低くなっていてJR仙山線とその奥の対象地を見上げるようになります。
正面に見える杉林が対象地です。かなり急な傾斜であることがわかります。

3 貝ヶ森東町内会から
48.jpg
ここは対象地の端になります。
1、2に写っていたJR仙山線が下に確認できます。
こちら側が高くなっていることがわかりますね。

4貝ヶ森南町内会から
21.jpg
ここはだいたい1の写真を撮影した地点から杉林を挟んだ反対側になります。
ほぼこのレベルに南町内会は存在しています。


平面図と写真を見比べると少しはここの土地の傾斜が予測できるかと思います。
これほど起伏が激しいと造成工事は大掛かりなものが予想されます。
この場所に家が建つためにはどのような造成が行われるのか、
明日、展示される模型をみるとよく理解できるのではないかと私は考えています。


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2007.02.06 09:13 | 緑地と周辺の説明 | トラックバック(-) | コメント(-) |
恵通苑団地に古くからお住まいの方の協力で
造成後、宅地化される前の写真をお借りできました。

恵通苑 過去1
クリックすると拡大します

写真が撮影された年月日は残念ながら不明なのですが、
たぶん昭和50年代中頃のものと考えられます。
写真を読み込んだものなので多少画像が荒くなっていますが
手前に見える森が以前記事にも載せた『貝ヶ森中央公園』の整備前の姿です。
その奥に広がる土壌がむき出しになっている更地が
私たちの住む貝ヶ森団地の予定地だと考えられます。
写真を提供して下さった方のお話では、造成される前
ここは低い山がポコポコと幾つか連なる高低差のある台地だったそうです。
今では全く想像ができませんよね。

そしてさらに奥に見える森が守ろうとしている緑の一部だと思われます。

人が生活をしていくと言うことは、自然環境に影響を与え、
少なからず破壊に繋がることだと思います。
それは何千年も前の、人類が誕生した時からそうであり、
私たちが生きていくには必要な行為でもあると思います。
そのために過去を知ることも重要であり、
開発をただ否定するだけではいけないと思いました。

しかし今、人によるいきすぎた開発が各地で行われていると思いませんか。
仙台市もこのような現実に直面していると感じています。
失ってから気がつくのでは手遅れです。
これ以上の無駄な開発が行われないように、
一人一人が問題意識を持つことが大切なのではないでしょうか。
そのために私たちはここの緑を守ろうと活動を行っています。



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昭和53年から昭和54年に撮影された仙台市の航空写真です。
この時期の貝ヶ森はまさに森が伐採され、これから住宅が建てられる時だと思われます。

航空写真 S53
クリックすると拡大します

写真右上に地面がむき出しになっている部分が貝ヶ森団地の予定地です。
中央に古くからの恵通苑団地だけが既に宅地になっているのがわかります。
広大で豊かな森がこの場所に存在し、今以上に鳥や植物そして動物たちが
生息していたことが容易に想像できるかと思います。
私たちはこのような大掛かりな森の伐採によってできた団地に
暮らしていることがはっきりと理解できるかと思います。
この事実は運動を続けていく中で私たちが忘れてはいけないものの一つです。

この航空写真ではまだ残っている緑地の多くも
今は、もう宅地開発などにより消失しています。
そのような中で、ここの緑地は奇跡的に残されてきました。

当時の仙台市は人口がおよそ65万人でこれから発展していこう
という時期であり、宅地造成が必要とされていました。
しかし今、人口は100万人を超えています。
高齢化の進む日本でこれからは、さらなる発展を目指すだけではなく
ここに暮らす仙台市民が平穏に過ごせる事が必要なのではないでしょうか。
また同時に他地域の人々が余暇に訪れたいと思い、羨むような都市づくりを
目指すべきなのではないでしょうか。

そのためにはやはり仙台市の緑を残していくことが必要不可欠です。


※航空写真 『空から見た私たちのまち 仙台市 (北部)』
      企画 東日本航空写真普及協会
      撮影 昭和53年5月〜昭和54年5月



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2007.01.24 13:36 | 緑地と周辺の説明 | トラックバック(-) | コメント(-) |